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史実

さわらしんのう

早良親王

厄除け疫病退散

桓武天皇の弟で、当初は皇太子であった。藤原種継暗殺事件(785年)に連座したとして廃太子・流罪となり、無実を訴えて絶食し、配流の途上で没したと伝えられる。その後、都で疫病・凶事が相次いだため怨霊の祟りと恐れられ、延暦19年(800年)に「崇道天皇」の尊号を追贈された。御霊信仰の代表例とされ、京都・上御霊神社(かみごりょうじんじゃ)・下御霊神社の祭神の一柱、奈良県御所市の崇道天皇社(崇道神社)などで祀られる。

別名・異表記

この神を祀る神社

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