史実
にったよしおき
新田義興
別名・異表記
- 新田義興公(にったよしおきこう)
南北朝時代の武将で、元徳3年/元弘元年(1331年)に新田義貞の子として生まれた。父の没後も南朝方として挙兵を重ねたが、延文3年(1358年)、多摩川の矢口の渡しで謀略により主従13人とともに討たれた(享年28)。この謀略に加担した江戸遠江守が義興の怨霊により狂死したと伝わり、住民が霊を鎮めるため新田大明神として祀ったのが東京・新田神社(大田区)の起こりとされる。
にったよしおき
南北朝時代の武将で、元徳3年/元弘元年(1331年)に新田義貞の子として生まれた。父の没後も南朝方として挙兵を重ねたが、延文3年(1358年)、多摩川の矢口の渡しで謀略により主従13人とともに討たれた(享年28)。この謀略に加担した江戸遠江守が義興の怨霊により狂死したと伝わり、住民が霊を鎮めるため新田大明神として祀ったのが東京・新田神社(大田区)の起こりとされる。